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新年が明けた

新年明けましてはや10日。

31日の夜の新幹線で神奈川の自宅に帰った。
23時50分に帰宅、なんとなく、新年はお仏壇の前で迎えたいのが毎年の思いである。なんとか間に合った。

なもあみだぶ、なもあみだぶつ。

平成が終わり、令和元年もあっという間に終わり、今年は精進しようと思い、町をふらふらする。

年末と新年はなんとなく好きだ。100万人都市だけど帰省してる人も多いのか、星が綺麗に見える。

所属寺の元旦会にお参りして、家の掃除などをする。

3日には家族を集めて、鍋を振る舞った。
とにかく家の事を色々してたら、案外忙しい。
映画を観ようと五本レンタルしたDVDはついに一枚も観られずに、レンタル屋さんに寄付したようなものだ。
最近は一枚100円なので少し借り過ぎてしまう。そして結局観ずに返す。なんと愚かなと思う。

そうしてぼやーと正月は過ぎて、9日に新幹線で大阪。
8日の夜行バスなら2000円で帰れたのだけれども、9日の朝まですべき事があった。

車中、無論、崎陽軒のシウマイ弁当を食べる。
シーうまい!(^.^)と叫びたくなるうまさ、いつも買う。
車窓の富士山がいかにも富士山という感じだ。

法務中に自転車を走らせて、ふと小川を見ると、ヌートリアちゃんがいた。ウワサには聞いていたが初めて見た。カピバラのようで少し可愛く感じた。

このヌートリアほど悲劇的な動物もあるまいと思う。
もともと、戦時中の飛行機乗りの服にするのに、飼育されていたと聞いたことがある。食用もされていた。

しかし、戦争も終わり、需要がなくなって、放逐されると、爆発的に増えて、ウィキペディアによれば、世界の侵略的外来種ワースト100で、日本の侵略的外来種ワースト100だそう。
自分たちで利用しようと150頭輸入して、需要がなくなれば侵略的外来種ワースト100だ。
人間の都合で殺害駆除が推奨されるというのは、人間にとってもヌートリアにとっても悲しいことだ。



我らも都合よく使われて、やがて力衰えて捨てられていく。追いやられていく。寄り添うヌートリアの夫婦を見て、これは私だ、と思った。
そう思っても、自分たちで輸入したヌートリアを食べるのでもなく、毛皮にするのでもなく、ただただ駆除をしていかねばならないのも、人間の有様だ。どん詰まりだ。

阿弥陀さまは、この姿を裁くことなく、悲しんで下されたとお聞きするけれども、なんとも情けのない私だなあと思う。

そういえば今年は子年だったなあと思い、またキコキコと自転車を走らせるのである。ドラえもんはヌートリアも苦手だろうか、などと考えながら。

10日の夕方は軽く吹田で立ち飲みしてから、京都でお聴聞。お酒というよりも、安い小鉢をいくつか食べたかった。

早いものでご本山では御開山聖人の御正忌報恩講。還相回向のお話を聞かせてもらった。

人と死別ということがある。それは悲しい。
しかし、よくよくお慈悲を聞いてみれば、死ぬということを、死んで虚しく終わるんじゃないよ、お浄土に生まれるんだと私に告げて下さる。
お浄土に参りては、すぐに娑婆に還って、なもあみだぶつのおはたらきとなって、苦悩の人々と共にお浄土にお参りさせて頂くのだなあとなもあみだぶつ。
今生は自分の事ばかり、悲しい有様だ。

この私にも、いつも、お浄土の先人たちがともにいて下さる。なんとも懐かしく、たのもしい。そして、少しお恥ずかしい(^.^)

龍大図書館で必要なものを少しコピーして、夜行バスに乗り込んだ。明日は東京の所属寺の聞法会だ。

少し疲れてるけれども、旧友とも会う約束もあり、楽しみで、なもあみだぶつ。
(^ ^)

こうして、新たな年が明けましたのでありました。
どんな年になるのか楽しみでもあり不安でもあり、相変わらずのよちよち歩きでした
(^_^)
なもあみだぶつ、なもあみだぶつ。




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